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やべー女枠「吉澤嘉代子」の新曲「ミューズ」がやべー。【歌詞レビュー・感想】

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吉澤嘉代子


どうも僕<@hotori_lp>です。

 

吉澤嘉代子の世界にハマって数ヶ月が経ち、そろそろ自分の中での吉澤嘉代子像が確立されつつあるので、改めてシンガーソングライターでありながらストーリーテラーとして活躍中の吉澤嘉代子の魅力を、新曲「ミューズ」の感想も添えてながらまとめて見たいと思う。

 

 

 

 

ストーリーテラーとしての「吉澤嘉代子」

吉澤嘉代子を語る上で欠かせないのが、彼女の書く詩にある。

彼女は学生時代に引きこもり生活を体験しており、現実から目をそむけにそむけた結果、本というフィクションの世界に逃げ、浸りこんだ。

自己否定し、本や物語の主人公になりきる事によって危ないバランスを保っていたという。

その自己否定と究極の妄想が炸裂して作り上げる彼女の歌は、文字通りどれもが「違う人物」が歌っているように感じる。

彼女の曲にはそれぞれに主人公がいて、例えば「OL」「女子大生」「女子中学生」「婦人」「気の強い女性」「内気な女性」とあまりに多面的で、いい意味でまったく統一性がない。

自分で作り上げた人格で、曲を作り、歌をうたう。彼女の曲を歌う主人公はきっと吉澤嘉代子の中では生きているのかもしれない。

 

魔女としての顔

彼女にとって「魔女」とは吉澤嘉代子自身を形容するときに用いられる言葉である。

ある日、魔女のおばあさんにさらわれる夢を見て、すごく怖かったんですけど。でも、「このままさらわれてたら、自分も特別な人間になれたかもしれない」っていうところから、「魔女修行をして、特別になれるかもしれない自分」と――その時は学校に行ってなかったので、「学校に行ってない、ただの引きこもりの自分」と、二足のわらじ状態で生きることによって、たぶんバランスを保っていて。自分にとってはすごく大事な、生きる術だったと思うんですけど。

rockinon.com」より引用

幼い頃に夢で魔女にさらわれて、そこから本気で魔女修行までされていたとか。

吉澤嘉代子だから赦されていることであって、そのへんの人がやってたらただの中二病だ。

引きこもりだった彼女にとって、フィクションは現実よりも「現実」だったのかもしれない。

お気づきかもしれないが、おとなしい顔をしてこの人、けっこうやべー女なのである。

 

 

そんな吉澤嘉代子の新曲がやべー

 

 

こちらが新曲「ミューズ」のMVである。

ざっっっっっっっっくり説明すると、吉澤嘉代子なりの応援ソング。

でも魔女的で魔法的である彼女の新曲の歌い出しは、今までの吉澤嘉代子を知っている方からするとけっこうな衝撃的な内容。

その「魔法的」な部分を否定するような歌詞から曲が展開する。これはやべーことになってる。

魔法は永遠じゃない
大切なとき 思い出せない

Aメロはその後も展開していき、次のフレーズで「言葉」についての歌詞で安心感を得る。ああ、やっぱ吉澤嘉代子なんだなって。

でも
言葉は永遠だって 何も変わらず
生きているって

 

彼女の「魔法」に慣れていた

よく考えるとやっぱり、吉澤嘉代子が応援歌なんかストレートに歌うとは思えないんですよ。すごい偏見にまみれてるけれど。

「ミューズ」とは?「あなた」とは?と、しばらく考えて、この応援歌にもやっぱりきっちり主人公像が存在してるんだなーと解釈を改めたところでハッとする。

既存の「吉澤嘉代子」のイメージを壊しつつもきちんと保っている。
応援歌でいてそうではないとも感じられる、矛盾が心地いい曲だった。

新たな方向性の吉澤嘉代子に見事に再度魔法にかけられた。

 

...

 

吉澤嘉代子の歌の聞き方は、既存のアーティストとは少し異なる。

僕は曲からメッセージ性を感じ取るのではなく、文学的な視点で彼女の歌を聴いている。
が。今回の「ミューズ」を通して、ストーリーテラーとしての彼女と、メッセージ性をもたせた歌詞が見事に調和していて、吉澤嘉代子の新しい一面を垣間見た。いやこれもう無敵でしょ。

本の虫、そして究極の妄想女子の慣れの果て。それがやべー女「吉澤嘉代子」なのだ。